第3羽「雨は好きですか?」

6月生まれのせいか、私は雨模様のお天気がきらいではありません。

雨にぬれた緑も好きだし、アジサイの花も好き。「あじさい」と呼んでいた花が「紫陽花」と漢字で書くと知ったときに、自分なら「紫雨花」と書くのになと中学の頃思ったほど、雨の中のアジサイが好きです。
母のおなかの中にいた頃に、きっと母が、まだ見ぬ我が子に向かって雨の美しさを色々と話しかけてくれたのかと思って尋ねてみました。77歳になる母は「もぅ50年も前だから忘れちゃったわねぇ」とぼやきながら「ともかくおなかが大きくて“早く出てきてね”ばかり言っていたようだったわ。生まれる前の日におすしが食べたくて下高井戸まで行って、食べているうちにおなかが少し痛くなったけれど、でも全部食べ終わってから病院に行ったわね」とのこと。あら、もっといい話が聞けると思っていたのに…私が食いしん坊なところが、母譲りだったことが判明しただけですね。

ただ、いくら雨が好きでも、雨の日にわざわざ野外にでようと思えなかったのは、喘息という持病があるせいかもしれません。
私の通っていた桐朋学園では、山梨・甲斐大泉に古い校舎を移転しての林間学校が毎年のようにありました。甲斐大泉駅からもう勘弁ですというくらい歩いて、最後“心臓破りの坂”を登りきるとそこに校舎が建っているのですが、行く時は不思議と雨が多かったのです。

今ほど雨具事情が良くない頃なので、雨の中ビニールのカッパを着て山を登るだけでとんでもない発作が起きてしまい、散々なことが何度もあり、雨の山歩きなんて無理と思い込んでいました。

結局は雨好きといっても傘を集めたり、雨の日ファッションを楽しんだりする街歩き思考だった私ですが、意を決して雨の中出かけたのが、鳥を観始めた頃の高尾山でした。
観る鳥、観る鳥が珍しくて嬉しくて、知識が増えるのが楽しくってならない頃だったので、当日の激しい雨に迷いはしたものの、気合で高尾山にでかけました。日本野鳥の会東京支部の中でも歴史のある高尾山探鳥会です。
案の定ごくごく少ない参加者でしたが、リーダーからマンツーマンで色々教えてもらって楽しい一日でした。
「アカショウビンにあえるかもしれませんね…」という紹介文のとおりには行きませんでしたが、慌てて飛び上がるヤマドリと遭遇しました。あとにも先にも、ヤマドリに会えたのはこの一回きりです。

でも一回きりの出会いで終らなかったのは、その時のリーダーだった西村眞一さんです。まだ若いリーダーだった彼とはその後も探鳥会で何度かご一緒し、夫と結婚し善福寺に住み始めた頃から、行き来が増えました。
ともかく、語りが面白い人で、車といえば自転車しかない我が家のために、イベントのたびごと「お弁当・おやつ・缶コーヒー」つきを条件に車を出してくれるのですが、車中ではいっつも笑いっぱなしです。

私と出会ったときの第一印象は「ちんちくりんな女の子」だそうで、これには夫も「おんなじだぁ!僕はちんちくりんな男の子と思った!」と大喜びしていました。まったく失礼な話です。
ちなみに、私が初めて彼らに会ったときに感じたのは「どこの田舎のお兄さんだろう?」でした。実は二人とも生粋の杉並っ子。「東京の山の手の生まれ」といっても、誰も信じてくれそうもない垢抜けなさ。もちろん将来、東京支部長になる片鱗も、アジア各国の図鑑を描くようになるそぶりも、まったく感じられず…ま、お互い様ってことですね。本人達にはもちろん言えませんが。

西村さんが写真撮影や、野鳥観察のフィールドにしている善福寺池周辺は、夫が生まれ育ち今も住み続けているところで、杉並区内でも野鳥が数多く観られるところです。
歌人・中西悟堂翁がこの地の自然を気に入り、木食生活の烏山から移住し、ここで野鳥にさらに親しんだことが、日本野鳥の会創設のきっかけになったとも言われています。

翁の作品に、主人の生家の理髪店の椅子で昭和16年に詠んだ「栗の花鏡にうつる理髪床夕づく遅し河原鶸のこゑ」(原文のまま。昭和22年刊「鳥を語る」より)という短歌があります。
 理髪店はかなりご贔屓にして頂いていた様子。生前、義父が、息子である夫に話したことには「よく裸で歩いている人だった」「肩にいつも小鳥を乗せて理髪に来ていた」「銀座の夜店で買ったマリモを見せたら、自分も買いに行って見せに寄ってくれて」「その後に“切ってみたら中身は空っぽだった”とまた教えにきてくれた」などの、記憶をたどる昔がたりの断片から、かなりユニークな浮世離れしたお人柄だったことがうかがえます。

義父は昭和16年に理髪店を開業するにあったって、善福寺を訪れた折、あまりの豊な自然に一目ぼれし「お客さんが一人も来なくてもここでやりたい!」と即決したほど、この地を愛した人でした。戦前戦後のもののない時代にも水槽に生き物がいない時はなく、晩年は善福寺池のホタル復活に燃えて教科書までに紹介された人でしたので、そんな生き物好きのところが中西翁と波長があったのかもしれません。

その翁に、ここ数年夢中なのが西村さんで、彼はありとあらゆる「中西悟堂」グッズを収集中です。悟堂翁は仏門にありながら歌人として著述業を生業としていたので、コレクションは本が中心。この古書の世界もなかなか奥深いようで、古書という地層から、稀少本というダイヤモンドの原石を探す作業が楽しいそうです。せっかく探し当てた稀少本が美本とは限らず、いくら風に晒してもタバコの臭いがとれないものもあって、お宝自慢の合間に愚痴も挟んでの悟堂談義、なかなか楽しく拝聴しています。

悟堂翁の歩みを紐解いていくうちに、古地図や古い写真まで手を広げざるを得なくなり、お宝は増える一方。でも、そのお宝は奥様やご子息にはどうもゴミの山に見えるのか、家庭内の評判はよくありません…西村家の○十年戦争の火種にならなければ良いと気を揉んでいます。

ご家族の冷ややかな視線を背に、必死に謎解きする姿は、街角の探偵さながらで、自称・杉並の明智小五郎、まだまだ面白い話を見つけてくれそうです。

近い将来ぜひ実現させたいことがあります。それは、善福寺池と野鳥のことを綴った本を出すことです。

善福寺池の自然に魅了されたのは悟堂翁だけではありません。夫の親友、ともに網をふった昆虫少年・市田則孝さんは、日本野鳥の会を経てバードライフ・アジアの代表をつとめています。また、日本野鳥の会のカリスマレンジャー安西英明さんはじめ、鳥の世界で活躍している人の中には、この池での幼少期の体験に大きく影響を受けた人が少なくないのです。
それほど魅力的な善福寺池。貴重な西村コレクションに、彼の撮った美しい野鳥の写真と、夫の野鳥イラストを添えて立体的に歴史を紐解いていったら、もっと素敵な発見があるこもしれません。

以前、地元杉並会館で「谷口高司・西村眞一 善福寺の野鳥を追う二人展」を開催した時、とってもいい雰囲気で写真とイラストが響きあったので、こんどは本の形にしてみたいのです。

裸で歩きこそしないだけで、かなりユニークな二人の山の手ボーイの目に、善福寺池は、悟堂翁の見た池とどう違って映っているのでしょう?
もちろんその本には、私の好きな雨に煙る善福寺池の柳の木と、アジサイの花の写真も入れてもらうつもりです。

雨でも、鳥や様々な生き物はそこで暮らし一生懸命生きています。
ぜひ皆様も雨の日のお散歩を楽しんでくださいね!

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◆今月の「谷口高司と野鳥を楽しむ会」

6日(火)9時半 金町駅集合 水元公園「オオヨシキリ」
15日(木)18時半 アンサンブル荻窪「アカショウビン」
必ず事前にお申し込みください。参加費は1000円です。
レンタルで画材もご用意できます(別途300円)

初参加の方は準備の関係で開催日より各1週間前が受付締め切りとなります 詳細はこちらへ  http://www.fieldart.net/drawing.htm

◆丸の内さえずり館 MARUNOUCHI鳥絵塾 

7日(水)19時「ヤマガラとエゴの花」参加費画材料込800円

受付中 電話03-3283-3536日休11-19 

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谷口高司氏が全ての図版を担当された主な出版物
新・山野の鳥
新・水辺の鳥
“タマゴ式”鳥絵塾

鳥のぬりえ

台湾野鳥図鑑

BIRDS OF KOREA
(韓国野鳥図鑑)

WATERBIRDS OF ASIA(アジア水鳥図鑑)
谷口高司氏オリジナルグッズ
野鳥絵葉書集
第一集
第二集
フクロウ
面々シール

生きてみせる!
シマフクロウ
ポスター
Hobby's World店舗には
オンラインではご紹介できない、一点ものの作品も多数ご用意しております。
「谷口高司と野鳥を楽しむ会」
野外で鳥を観察しつつ描くというユニークなスタイルで、初めての方でも楽しく鳥の絵がかけるイラスト教室です。
谷口高司氏から直接指導いただけることはもちろん、いつもパワフルなりつこさんにお会いできるのも楽しみのひとつです。“タマゴ式”鳥絵塾」「鳥のぬりえ」もこの会から生まれました。
 詳しくは 谷口高司 鳥絵工房http://www.fieldart.net/ からどうぞ。
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