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第17羽 「灼熱の8月に人を偲び鳥を思う」
ともかく!すっごい暑さだったこの夏。
カラスが暑さに眩んで、枝から落ちた、とウワサで聞きましたが、さもありなん、と思うような日差しでしたね。
そんな中、私たち家族は連日、板橋区の加賀にある病院まで通いつめておりました。
7月で99歳になった高司の母親のキヨさんが、グループホームで体調を崩して都立病院に緊急入院したあと、体力を戻してまたホームに帰れるといいね…ということで、転院を受け入れていただいた病院が、加賀にあったのです。江戸時代、加賀藩のお屋敷があったということで金沢とか加賀という呼び名が、前を流れる石神井川に架かる橋や、公園、学校名などありとあらゆるところについている緑の豊かな場所です。ただJR埼京線の板橋駅からも十条駅からも歩くと20分近くかかる、炎天下にはかなりきつい場所にあって、毎日は勘弁…という遠さだったのですが、キヨさんへの心配が先立っての連日の病院通いでした。
気持ちはともかく、体の方が生きることを拒んでいるような数字が出ています…毎週していた血液検査の結果を前に、「老衰ですね」とお医者様に言われ、正直愕然としました。
ともかく気丈で、体も丈夫な人で、大きな病気をしたこともなく、老人特有の症状が顕著になり家庭介護の域を超えている、とのケアマネージャーさんのご進言で、やっと高司にグループホームへの入居を決意させたほどの人なので「老衰」の状態にあるということがまず、びっくり。
でも冷静に「99歳」ってどんだけ?と考えてみれば…。親兄弟はもちろん、ほぼ全員の同級生は亡くなっているだろうし、キヨさんの99年をざっと想像しただけでも、関東大震災や、大戦を挟んでの戦中戦後の嵐のような日々や、神武景気やら、東京オリンピックやら万博の近代日本史のまんまの激動の昭和を生き抜いて、明治・大正・昭和・平成の四つの時代を過ごしたのだから、すごいことなのね。
14年前に高司の父であるシロウさんを送り、一人暮らしを熱望し、高司の至れり尽くせりのサポートのもと楽しく日々を過ごしていたキヨさんが、盛んに「寂しい」と口に出し始めたのが去年の夏頃。同居の道を探っているうちにあれよあれよというまに、キヨさんがキヨさんでなくなって行き、グループホーム入居の選択肢しかなくなっていたのです。
何かあったときに、ともかく痛くないよう、苦しくないよう…ということだけを考えて接してきていた私たちは、加賀の病院の先生に、「万一のときが来ても無為な延命治療だけはしないで欲しい」という強い希望を伝えていました。先生もよくわかってくださって、体に負担のない点滴と酸素吸入で様子をみていたのですが、7月14日の99歳の誕生日には、かろうじて反応があり「ありがと」と言いながらケーキを二口三口食べていたものの、7月下旬には親族一同呼んでくださいというところまでいってしまいました。意識レベルもゼロに近く、ほとんど反応もない状態です。
覚悟を決めてからの毎日の長く重く切なかったこと。お医者様は「かなり悪いレベルでこう着状態が続いています」とおっしゃるし。こう着状態なんて、私鉄や鉄鋼関連のストとか、警察と犯人のにらみ合いとか、そういう時に使うと思っていました。
「がんばれ」という言葉は、元気になれば明るい明日を迎えられる人にかける言葉。気持ちが頑張っても、体がもう頑張りたくない!と訴えている人に「がんばれ」とはとても言えません。深い眠りについているキヨさんには、四方山話をしつつ、ただ「ありがとう」と言うことしかできませんでした。
8月15日、家族4人で病院の前でタクシーを降りると、石神井川に覆いかぶさるように植わっているソメイヨシノの木で、何羽ものハシブトガラスが口を開けて息をしているではありませんか。口の中が赤いのでおそらく幼鳥でしょう。「あんたたちも暑いのね~」としばらく哀れなカラスを観察してました。身の置き所のない暑さは私たちも一緒。こちらの命が大事だからと8月に入ってからは炎天下歩くことはやめて、駅からタクシーで通院していたほどだったのですもの。しかもその日は、今年の夏それまでで一番暑い記録を更新した日だったのです。生来夏の暑さが大嫌いだったところへ、この猛暑でいやになったのか、5人の孫がかわるがわる見舞いに来たあとに、一番なじみのあったうちの子達にまた逢えてほっとしたのか、とても良くしてくださったグループホーム長さんが会いに来て下さったからか…その日の夜、キヨさんは静かに旅立って行きました。99歳と1か月と1日の人生でした。
見送りながら、嫁は涙が出ませんでした。高司も静かに「ありがとう」と言っているだけでした。
テレビドラマのように号泣するには、私たちは疲れきっていたのかもしれません。ただ99歳という年齢が「惜しむ命」ではなく「讃える命」「生き抜いて完了した命」というふうに受け止めていたのも事実です。
会葬御礼にお配りした「新・水辺の鳥」には次のような一文を添えさせて頂きました
「…略…
喜代は明治41年7月14日の東京・小石川に生まれました。
学問を好み、若い時はフランス人の先生と共に最先端の美容の仕事に励み、父と恋愛結婚ののち、ここ杉並の善福寺池そばに移り住みました。戦中戦後を、姉と私と弟を一生懸命育て、理髪店のおかみさんとして、お預かりしたお弟子さんが一人前になるまで心を砕いた「日本のお母さん」でありました。
年を重ね、父を送りましてからは、趣味の旅行に、民謡にと日々を過ごしていたものの、ここ数年老人特有の症状が著しくなったため、この2月に板橋区内のグループホームに入居し、穏やかに過ごしておりました。
5月に体調を崩し、「老衰」ということで、無為な延命行為をしない病院にお世話になりながらも、3ヶ月の闘病生活を、驚異的な精神力で持ちこたえ、人間としての尊厳を保ちつつ、8月15日22時29分、苦しむことなく永眠いたしました。
99歳と1ヵ月と1日の人生は、多くの皆様に支えられ、輝いていたものと存じます。
同封のハンディ図鑑は紀宮清子さまが、ご愛用くださっていると知り、母がもっとも喜んでくれていた私の出版物です。水の恵みの多い善福寺池のほとりに、カワセミのように元気でモダンな明治の女が暮らしていましたことを、皆様のお心のどこかに、覚えておいていただければ幸いです。 …略…」
キヨさんにしてみたら、4回りも年下の嫁は宇宙人みたいな存在だったと思います。私もキヨさんは異星人と思って凌いでいましたから。でもオンナがオンナとして生きるのに大変な時代に、職業婦人としてバリバリ働き、長谷川一夫のおかっけでトップを走り、戦前にサングラスでスキーを楽しみ、7つも年下の男と恋愛結婚し、選挙権を得てからは杉並区民として一度も棄権したことのなかったキヨさんは、かなりカッコいいオンナだったのではないかしら。
60歳にしてみなしごになった高司ともども、疲れがどっと出ないようにしなきゃというのが当面の課題です。
この半年で引越しが計4回、高司の白内障の手術、東京バードフェス、三宅島や軽井沢への泊まりのお仕事、それらと併行してキヨさん関係で板橋大谷口→大塚→板橋加賀といままで縁のなかったところに通いつめて、グランドフィナーレを迎え、ふと気づいてみると、まったく鳥観に行っていなかったことに気づきました。
鳥を観に行かなきゃという気にもなれないほど、気持ちの余裕がなかったのですね。
そんなで8月28日、ホントに久しぶりに谷津干潟に行って来ました。昨年から予定していた「谷口高司と野鳥を楽しむ会」の野外プログラムです。
谷津干潟といえばシギ&チドリ、正直とっても苦手です。カモメの若鳥と同じくらい苦手。どのくらい苦手かというと、いいじゃん全部「鳥」で…と言いたくなるくらい。何がトラウマなのか未だに無口になるほどです。
はじめてシギ・チドリを見たのはいつだろう?と、初観察日を書き込みしている高野伸二さんの「日本の野鳥」を久しぶりに開けてみました。もうボロボロの初版サイン本です。
1982年8月23日に多摩川の河口で、シロチドリ・メダイチドリ・ムナグロ・キョウジョシギ・オバシギ・キアシシギ・オグロシギを見たとあります。そのあとすぐ28日には、行徳へ、翌29日には大井とレンチャンで鳥見。9月に入って8日に再度多摩川河口に行き、翌9・10日には何とウトナイ湖まで行っています。ふぅ…結局わずか20日足らずで18種のシギ・チドリと「はじめまして」のご挨拶をしているのですね~こりゃ混乱するわね。教わって、あぁそうですかってわかった気になって、で、また次のを見て…という感じ。詰め込んで頭がパンクしたんでしょう。しかも暑い最中だし。
でも、わからないながら、若くて健気?だった私は、その後もかなり熱心にいろんな干潟に通い詰め、そして、多摩川河口で干潟デビューしたちょうど一年後の1983年8月23日に、小櫃川河口でミユビシギと一緒に高司にも「はじめまして」していたことが…今わかりました。
そうか…混乱したシギ・チドリの頭の状態で高司とあったから、今の混乱があって、シギ・チドリが苦手!なのかもしれません。
逆に、高司はシギ・チドリは大好きです。高司の鳥の師匠の一人、元佐渡トキ保護センター長の近辻宏帰さんが無類のシギ・チドリ好きで、その薫陶を受けたせいかもしれません。北の風とロマンを運んできてくれるようで…などと言っています。
中でもアオアシシギは鳥の絵の師匠・故高野伸二さんを思い出すのでとても好きなのだそうです。まだ、バードウォッチャーという言葉もないほど、鳥観がマイナー趣味だった時代に「川辺でアオアシシギの鳴き声をして、振り向いたら鳥の人だよ」と言い、上手にアオアシシギの鳴きまねをしてくださったのが、良い思い出として残っているからだそうです。
さて、久しぶりの谷津干潟は、相変わらずの暑さでしたがキリアイにはじまって、シロチドリ・ムナグロ・ダイゼン・キアシシギ・アオアシシギ・オバシギ・オオソリハシシギ・セイタカシギから、ダイサギ・コサギ・いろんな羽のバリエーションのアオサギまでたっぷり、会員の皆さんと楽しむことができました。
「難しいわね…」とおっしゃる参加者の女性に「一日一種でいいからパーフェクトに覚えると、今度観たとき一発でわかるから、嬉しいですよ」とお話しすると、遠くでアオアシシギがヒューと鳴いて水辺に下りました。高野さんが「そうだよ」と言ってくれたみたいで、ちょっと嬉しくなりました。
9月にはどんな出会いと出来事が待っているでしょうか?
「一日一生」で日々大切に過ごして行きたいものです。あ、「一蓮托生」か…
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谷口高司オリジナルカレンダー2008、作成中です。
お楽しみに!!
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♪谷口高司の額装原画イラスト、ホビーズワールド店頭で販売開始しました。
♪誠文堂新光社からぬりえの本がでました!
「色鉛筆でたのしむ大人のぬりえ 日本の鳥」
12種のぬりえと見本。税込み1000円
もちろんホビーズワールドでも取り扱い中です
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【野鳥の絵を楽しむ教室:いずれも事前申し込みが必要です】
◆今月の「谷口高司と野鳥を楽しむ会」
描きおろし完全オリジナルテキストを使ってタマゴ式鳥絵塾。
9月はこんな鳥を描きます
14日(金)18時半アンサンブル荻窪
「楽コース・シロフクロウ」
20日(木)18時半アンサンブル荻窪
「極コース・シロフクロウ飛翔」
必ず事前にお申し込みください。参加費は1000円です。
レンタルで画材もご用意できます(別途300円)
詳細はこちらへ http://www.fieldart.net/drawing.html
◇過去のオリジナルテキストも頒布中です。1枚450円です。
参加申し込みの際に、ご希望の鳥をお教えください。
MARUNOUCHI鳥絵塾
毎月第一水曜日19時、丸の内でお会いしましょう!
お問い合わせ・申し込みは直接丸の内さえずり館へお願いします。
http://www.m-nature.info/about/index.html
9月以降は「まもりたい鳥を描く」がテーマです。
5日は「コウノトリ」に挑戦します。
◆軽井沢・追分コロニー自然塾
信濃追分、宿場宿「柳屋旅館」を模し昨年完成した建物で「エコな村の古本屋」としてオープンした追分コロニー。
カフェも併設された面白い本屋さんで、年数回、観察会等をさせていただくことになりました。http://www11.plala.or.jp/colony/fm_event.html
11月3日(土)は15時~ジョウビタキのお絵描き教室を
11月4日(日)に9時~野鳥観察会を開講します。
宿泊は同じ追分エリアに練馬区の「ベルデ軽井沢」という施設があり区外の人も廉価で安心して利用できます。
詳細はこちら
http://www.city.nerima.tokyo.jp/nerima_sg/sizennoie/
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♪♪JBF出展決定♪♪
11月10日(土)11(日)我孫子・手賀沼湖畔でのジャパンバードフェスティバルにも出展決定しました!!
おかげさまで、第一回からの連続出展となります。
タマゴ式テキストの掲示や、オリジナル印刷物やテキストの販売、
隣接ブースでオオバンやキセキレイの”タマゴ式”鳥絵塾やアカコッコ・アホウドリの体験ぬりえ塾を開講予定です。
「谷口高司&ベクトル 鳥の色いろ工房」でお会いしましょう。
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