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野鳥あれこれ
百瀬 淳子さんプロフィール
東京都在住
1966〜68年、1988〜89年 フィンランドに滞在。
日本野鳥の会会員、北欧文化協会理事
著書: 『白夜の国の野鳥たち−フィンランドを歩いた日々』 同成社
『アビ鳥(どり)と人の文化誌−失われた共生』 信山社

「野鳥あれこれ」 第2話 (ビオトープの庭20                    百瀬淳子

 

2月22日の夜、庭でカエルの声がしました。「ポッポッポッ」と小さな可憐な声で、およそヒキガエルの姿格好には似つかわしくないものです。この声を聞くと「ああ 今年も春になった」と感じます。池に産卵をしに来るのです。

東京文京区の50年来の古家を建てかえるとき、庭も設計に入れ、どのようにしようかと考えました。花の木を植えようか、花壇を作って花いっぱいにしようか、それとも芝生もいいかも。ちょうどその頃野鳥の会ではミニサンクチュアリ(今はビオトープの名が一般的)運動を推進していました。身近に野生生物が安心してすめる環境作りで、水場を作ろう、実のなる木を植えよう、野鳥を呼ぼうというものです。私はそれに決めました。

ビオトープの中心になるのは水場です。1986年、野鳥の会本部に頼んで池造りがはじまりました。造園業者が土を掘り起こして池を造り、その縁に大きな石を置きます。この立派なたくさんの石は、あるご家庭で不要になったものを造園業者がこちらにまわしてくれました。もちろん無料で。7日目、仕上がりの日です。造園業者が、ウメモドキ、サンシュ、クロガネモチ、マメツゲなど山ほどの植木を持ってきてくれました。造園業者が都合で不要になったものだそうで、これも無料でした。

「どうせなら、よいところで役立てて頂きたいと思って」

実のなる木を選んでありました。

たくさんの植木は池の周りや庭に植え込まれて、池ができあがりました。細長く作られた池は大、中、小の3段階に分けられ、それぞれに深さが変えてあります。深さ1センチの浅瀬はスズメなどの小鳥類のための、深さ5センチの「中の池」はツグミ、キジバトなどのための水飲み場と水浴び場です。「大の池」はカエルやトンボの産卵のためで深くなっています。池の端に小さなポンプを配置して水を循環させ、鳥たちの好きなせせらぎを作りました。

冬場のための餌台を4ヶ所に設置し、それぞれ異なる餌を置くようにしました。ヒマワリの種、穀類、パン片、果物と、鳥それぞれ好みがある上に、一ヶ所に集中しないようにするためです。

このようにしてビオトープを作って5年が経った庭の変化は、どうだったでしょう。まず確実に野鳥の種類が増えました。増えたのはオナガ、ムクドリ、アカハラ、シメ、カワラヒワなど。都市周辺で見られる野鳥が19種来ました。また数も圧倒的に多くなりました。ヒヨドリが突然40羽下りてきたこともあったし、ツグミが9羽乱舞するのに目を丸くしたこともあります。シメが多いといわれた年、3羽来たこともあります。

珍客も訪れました。晩秋の夕刻、2階の窓から下を見て驚きました。真っ白な大きな鳥が池の中にいたのです。

「コサギ!」階段をかけおり、1階の居間からその白い鳥をみつめました。池に覆いかぶさっている赤いサザンカの花の下で、白い鳥は匂いたつようでした。ゆっくりとコサギは池から上がり、こちらに向かって歩いてきてガラス戸越しに中をのぞきました。そして胸をドキドキさせている私に一瞥をくれると、そのまま横に向かって家のかげに消えました。2日後、コサギはまたあらわれて、池のヤゴやメダカを食べていきました。

ノジコが秋から春にかけて、餌台の毎日の客になりました。顔はノジコですが腹部は白いし、だいたいこのような都会の庭にあらわれるだろうか、としばらく論議の対象になりましたが、ベテランの方々に実物や写真を見て頂き、やはりノジコとの判定が下されました。

その他の珍客としては元旦にウソが3羽来たこと、秋の夕暮れにのどに真っ赤な日の丸をつけたノゴマがあらわれたこと、ルリビタキのメスやオジロビタキのメス、マヒワがスズメの群れやカワラヒワの群れに混じって来たことなどがあります。

ビオトープを作って今、20年が経ちました。池ができて二年目の春はどこからともなく15,6匹のヒキガエルがやってきて、池の端でくんずほぐれつのカエル合戦を展開したものです。やがて池の中にはたくさんの紐状の卵が産み付けられ、それがオタマジャクシになって池は一面真っ黒に覆われました。アカガエルやトウキョウダルマガエルもいたことがあります。

それが今、あらわれるのはヒキガエルが2,3匹だけです。一腹かせいぜい二腹の産卵で、孵ったオタマジャクシは池の隅にチョロチョロしているだけ。カエル合戦など昔語りになりました。

ところでオタマジャクシについて、面白い発見がありました。「大の池」と「中の池」のオタマジャクシは、同時に孵ってもやがて「大の池」のほうが目立って大きくなっていきます。つまりオタマジャクシは、入れものにあわせて成長するものなのです。

池ではトンボの産卵も活発に行なわれ、最初の年にはホテイアオイの葉の裏にたくさんのシオカラトンボのヤゴのぬけがらが見られました。水中には緑色の大きなヤゴもいてギンヤンマだということでしたが、この数年は目にしません。

野鳥のほうも減りました。木立の暗がりの中で尾をピンピン振り、せわしく飛び交っていたウグイスは餌台の柿を食べに来ていましたが、2001年12月を最後に姿が途絶えています。カワラヒワは2,3羽になり、いつも地面で見ていたアオジは時々声を聞くだけです。餌台の上に茶色くてんこ盛りになっていたスズメも、本当に少なくなりました。

変わらないのはキジバトでいつも2羽、時に3、4羽が来ます。あちこちの木で繁殖をし、成功したり失敗したりしています。失敗の場合は、カラスにヒナが捕食されるためです。

一度たいへんな傷を負った一羽が来ました。猫にやられたようです。片方の胸が大きくえぐられ傷は肩羽のほうまで広がっていました。餌台の下に落ちた餌をおぼつかなく拾って食べていました。弱々しく生気がありません。まもなく死ぬでしょう。<せめても>と、私は足元に餌をたくさん撒いてやりました。ハトは毎日来ました。

「あ よかった。まだ生きている」

ところが予想に反して、だんだん元気になっていくのです。そのうち胸は毛で覆われ、すっかり元気なキジバトになりました。野生の強靭さをあらためて見せつけられた出来事でした。

そしてこの3年くらいでしょうか、あれほどやって来ていたノラ猫がほとんど姿を見せなくなったこと、近くの大木で騒ぐカラスの声が大幅に減ったことも我が庭の変化にあげられます。ノラ猫は潅木の下に潜み小鳥を狙います。足が悪くてうまく飛べないスズメが黒いノラにやられました。

カラスは巣箱のシジュウカラの巣立ちをよく知っていて、ヒナの飛び立ちを促す親鳥を見下ろしながら待ち構えています。自然の営みにたいして人間は手出しをしないように、といわれますが、私はそのような場面に出くわした時はヒナを守るため、棒をふりかざしカラスをにらみつけます。カラスは手出しできませんでしたよ。

今、わが庭では野鳥の敵も少なくなりました。  (2006.3.16 )    

 


 野鳥あれこれ バックナンバー
 ○連載第1話「ツグミとシロハラ」
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信山社/220ページ/22×16cm
1995年8月発行
そう遠くない昔、アビと人々の生活は密接に関わりを持っていたのです。
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